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月の背中を追いかけて (抜粋版・ちょっとだけね)

​エピソード1

「夕立が来るよ」
 自転車で後ろを走るユカに聞こえるようにわたしは大きな声を出した。
「わかってるって」
 わたしの声に負けまい、とユカが大きな声で返事をする。
「ほら、スピードアップ」
「ちょ、ちょっと、待ってよぉ」

 夏の盛りの国道134号線は、両車線とも渋滞している。
 あ、国道134号っていうのは、鎌倉の由比ガ浜から七里ガ浜を抜けて、江の島を結ぶ海岸線を走る道。七里ヶ浜から、腰越の手前まで、江ノ電と並んで走る国道のことね。

「ねー。ウー、待ちくたびれているかな」
「だから、急いでいるんジャンか」

   ☆

 わたしはこの夏休みに十六歳になる。
 十六歳だって。
 結婚だってできる年だよ。なんか、すごくない?
 まぁ、今まで、男の子と付き合ったことはないんだけどさ。
 でも、この夏休みの間に、きっと素敵な恋人と巡り合える。
 なんてったって、海の家でバイトだよ。
 制服が可愛いクレープ屋さんとか、一歩譲って、ファミレスのバイトが見つかればラッキーって思っていたのに、海の家だもん。絶対にチャンスあるよね。
 大学生にナンパされたらどうしよう……。

 ……なーんて夢は、儚く散っちゃったんだよね。
 ナンパどころか、ゆっくり、海を見る暇もないくらい忙しいの。
 わたしの高校生活最初の夏休みは、アルバイトに明け暮れて終わろうとしているんだ。

 それにさ、今、なんか体がダルいんだよね……。

​エピソード2

 ねぇ、ケン兄ちゃん、ちゃんとチョコさんを捕まえておかないとダメだよ。
 あんなステキな人、すぐに他の男たちが寄ってくるからね。
 ケン兄ちゃんは、だらしないんだから、ボケッとしていると、チョコさんを他の人に取られちゃうよ。

 ユカは、ユカを大好きだ、って言ってくれる人を見つけなきゃ。
 ケン兄ちゃんが心配しないですむような優しい人を。
 いつまでも、ケン兄ちゃんの背中を追い続けてはいられない。
 うん。そうしよう。
 決めた。
 この決心は、わたしだけの秘密。
 エリがうるさく言っても、もう、関係ない。
 頑張って、そうしよう。
 チョコさんとも、もっと、いっぱい話をしよう。
 ケン兄ちゃんの笑い話なら、いくらでもバラしてあげる。
 うん。そうしよう。
 いつまでも、ケン兄ちゃんは、ユカのお兄ちゃんなんだから。
 もう、ケン兄ちゃんの背中ばかりを追いかけるのは、終わりにしよう。

 明日から、そうしよう。

​エピソード3

「……と、これが結論だと思ったでしょ」
「えっ……」
「でも、違うんだなぁ」
 悠子さんは悪戯っぽく笑った。
「ウーちゃん、あなたは、優しいし、気が回るし、相手のことを考えられる。仕事を見ていればわかるわ。あなたは、ちゃんと使う人のことを考えて道具を並べたり、お客さんの目の高さまで考えて花を飾ったりって工夫をしている」
 ああ、悠子さんは、そんな所まで見てくれているんだ、と私は嬉しくなった。
 そう思ったら、目頭が熱くなった。
 私って泣き虫だからな……。
「ね。いいところも、悪い……この言い方はよくないわね、まだ、至らない所も含めて、あなたはあなたなの。あたなは、自分の嫌なところも受け入れて、まず、自分自身の友達になりなさい」
「自分自身の友達に……」
「そう。あなたには、いいところがいっぱいあるわ。自分の至らないところばかりを探さずに、自分自身の友達になって、自分を受け入れなさい。いいところも、悪いところも含めて全部あなたよ。あなたがユカを受け入れているように、あなたは自分を受け入れるように努力しなさい。あなたには、あなたにしかないいいところがたくさんあるのよ」
 私は、いつの間にか、涙を流していたらしい。悠子さんが、その涙を拭ってくれて気がついた。
 悠子さんは、優しく私の頭に手を回して、抱きしめてくれた。私は、悠子さんの胸に顔を押し付けて、声を出して泣き続けた。
 まるで、赤ちゃんのように……。

 このアルバイトをしてよかった。
 悠子さんに巡り合えてよかった。

はい。以上です。

続きが気になるでしょ。

それは、また、今度。

楽しみに待っていてくださいね。

​それでは!さよなら、さよなら、さよなら……いつの時代のモノマネだ^^;;

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